一見、線のようにみえる川ですが、上から俯瞰すると様々な川が合流を繰り返し、まるで樹木のような形をした「水系網」を作り上げます。その成因について、地形学や水文学の観点から長く研究されてきました。一方、この水系網の樹状形は、そこにすむ生物の成り立ちとどんな関わりがあるのでしょうか?

オーストラリア中央部にみられる樹状の水系網。 Photo Credit: Google Earth https://www.google.co.jp/intl/ja/earth/

ここ数年、私はこのテーマにかかわる研究を進めて来ました。その結果、水系網の分岐構造が複雑になるほど、(1)そこにすむ生物の集団はより安定的に維持され(Terui et al. 2018, PNAS)、(2)流域全体の生物多様性は高くなり(Terui et al. 2021, PNAS)、(3)さらには食物連鎖の長短にまで波及する(Pomeranz et al. 2021, preprint)ことが分かってきました。複雑な水系網では環境が多様なため、さまざまな生物を支える基盤が整っている、というのがおおざっぱな説明です。手法としては、自然界で起きているであろう生物と環境の相互作用を数式として記述し、そこから導かれる予測を現地データで検証しています。

いまになって論文化していますが、これらの発想はいずれも、博士課程在学時(2011-2014年)に川を泳いでいるときに思いついたものです。私の博士課程の研究は、川にすむカワシンジュガイという生物の空間的な分布を調べ、その成因を探るものでした(専門的にはメタ個体群構造を調べる;Terui et al. 2011, 2014)。その過程で、北海道の朱太川を4年かけて泳ぎまわりました(合計90km)。それほどアウトドアな人間ではない私は、ひとつの流域の中にある川が、これほど多様であることを知りませんでした。泳ぎながら貝を探していく中で、いくつもの川との合流地点を通り過ぎるのですが、合流を境に急に水が冷たくなったり、逆に温かくなったり、ときには底石の感じが変わったりするのです。川によって水の由来(湧水かそうでないか、など)や石の供給源(山)が変わるからなのですが、この調査をするまで気にも留めていませんでした。このとき、多様な川が織りなす「水系網」に強い興味がわきました。水系網の複雑さは、生物多様性を支えるとても重要な要素なのでは、と(これは川をよく見ている方なら感覚的にわかっていることと思います)。

2011年の北海道・朱太川における調査。写真中央は共同研究者であり、魚類研究者の宮崎博士。

しかし、当時はこの発想を科学へと昇華させることができませんでした。なぜなら、数理モデルやビッグデータを扱う能力がなく、この感覚的な仮説を科学の言葉で表現できなかったからです。仮に私がそうした技術を持ち合わせていても、当時の知識の乏しさから生態学における適切な位置づけを与えることができず、有象無象の研究として埋もれていたことでしょう。このため、しばらくはこの発想もとに研究を進めることはできず、学位取得後のポスドク期の後半に至るまで(2014-2017年)、全く別の研究に時間を投資しました。

転機があったのは2017年です。ポスドクのプロジェクトで関わっていた研究者の方が、北海道の保護水面で20年近く魚類のモニタリングが行われていることを教えてくれたのです。このとき、長い間抱えていた妄想が現実味を帯びはじめました。このモニタリングでは、多数の流域で魚類群集の時間変化が調べられており、水系網の形の意味を調べる上でまさに理想的なデータだったからです。さらにポスドク中、以前から興味のあった数理モデルの勉強を独学で進めていたので、このころには自分でシミュレーションモデルを作れるようになっていました。水系網の研究分野では、生態学の理論的枠組みが整理されていなかったので、それならば「自分で数理モデルの枠組みを作り、そこから導かれる予測をこの現地データで検証しよう」と考えました。そこから数年の間に渡米したのですが、その後に出会ったアメリカの研究者の協力もあり、今では日米をまたがる研究へと進展しました。こうして振り返ってみると、「過去のとりとめのない妄想」と「後に全く別目的で得た研究技術」の邂逅が、最近の研究成果につながったと言えます。いつ、どこで何が役に立つのか、本当にわからないものです。(もちろん、研究の実現にあたって、私に足りない部分を補ってくれた共同研究者の方々の協力が欠かせなかったことは言うまでもありません。)

生態系の構造的複雑さに注目する研究者は世界でも数えるほどしかいませんが、今回の一連の研究が、この研究分野の発展につながればと思います。個人的には、全く別の生態系 ‐ 例えば樹木や草本の樹状構造 - でも、それらを生息場とする微生物などで似た現象が起きそう、と考えています。